政次の辞世の句の意味を考える【おんな城主直虎】

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筆を持つ手


おんな城主・直虎をずっと見ていた人に説明は要らないでしょうが、本当に壮絶な回でした。 

第33話「嫌われ政次の一生」でついに高橋一生さん演じる小野但馬守政次が最期を迎えましたね。 


私はテレビの前で1人で大号泣してました。 

私的には2007年の「風林火山」がめっちゃ好きだったんですが、ちょっと匹敵するか超えたなってぐらいの神回でした。 


最後のシーンで映し出された政次が残した辞世の句。

その意味を私なりに考えてみました。 


この句には2つの意味があると私は考えました。 


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直虎以外の人が読んだ場合の意味~まさに辞世の句という解釈



白黒をつけむと君をひとり待つ 
天つたふ日ぞ楽しからずや 



「白黒をつける」を決着を付けると捉えた場合。

決着の場とは処刑されることを意味していますよね。 


ドラマでは政次にとどめを刺したのは直虎でした。 


「天つたふ日」とは日にかかる枕詞で入り日のこと。 

つまり人生の終焉を意味すると捉えられます。 


直虎以外の人物がこの辞世の句を読んだ場合の解釈としたら、 

「お前と決着を付けられるのなら人生の終わりを待つことすら楽しい」という感じでしょうか。 

もしくは「井伊が没落するのを待っている」とすら解釈されるかも。 


政次は井伊家を欺いた裏切り者とされたわけですから、事情を知らない者が見ればこのように悪人っぽく捉えられたんじゃないかなと思いますね。 


もう1つの意味が私的にも絶対こうでしょ!!という意味になります。 


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政次から直虎への愛の言葉~辞世の句もう1つの意味




「白黒をつける」を政次と直虎がいつもやっていた碁と捉えた場合。

いつも2人は夜になってから碁を打ってましたね。 


「天つたふ日」というのは夕暮れという意味もあります。 

「楽しからずや」というのは古文的な意味では「楽しくないなんでことがあるだろうか(いや無い)」という意味になります。 


「物悲しさの漂う夕暮れであっても、1人であってもお前を待つ時間であれば(その後一緒に過ごせることを考えれば)楽しくないわけがなかった」


心から直虎と過ごす時間が愛おしくて、たとえ離れ離れの時を過ごしていようともその後会えることを思えば夕暮れだろうと1人であろうと楽しくないわけがないだろうという意味だと考えました。 

これは2人で碁を打つ時間を想うのと同時に、政次が「1人あの世で待つことすら楽しいんだ、あの世でまたお前(直虎)と会えるのだから」という愛の言葉なのかなと思うんです。 


自分は大丈夫、ゆっくり待ってるからと直虎を案ずる言葉でもあるんじゃないかなって思いました。 

政次は直虎のことをちょっと心配してると思うんです。 

分かり合ってるとはいえ辛い演技をさせなければならなかったことを。 


苦しんでほしくない、ずっと待ってるから大丈夫だよ。 


そう言ってるんじゃないかなって思いました。 


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まとめ

政次の辞世の句の意味は本当に見る人によっていろんな意味になると思います。 

私が考えたのも1つの感想であって、私のこうであってほしいという想いも入ってます。 


でも多くの人は私とおんなじ気持ちの方が多いんじゃないかな~と(^^) 


せめてあの世でまた一緒に幸せになってほしいですからね。 



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