栗城史多(くりきのぶかず)さん指再生への道のりも・・来歴などまとめ

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登山家の栗城史多(くりき・のぶかず)さんがエベレスト挑戦中に亡くなったことが分かりました。

登山家は常に危険と隣り合わせとは言え、やはり無念だったろうと思います。

栗城史多さんはかなり危険な挑戦もされていたようで、実は登山中に重い凍傷を受けた過去があります。

指も壊死してしまったのですが、再生に向けていろいろな治療や民間療法などをしていました。

今回は栗城さんの来歴や指再生への道のりについてまとめました。

また登山部だった管理人の意見も少し書かせていただきました。

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栗城史多さんの来歴・プロフィール

名前:栗城史多(くりき・のぶかず)

生年月日:1982年6月9日 (35歳)

出身地:北海道今金町

2004年:マッキンリー(北米最高峰 標高6194m)登頂

2005年:アコンカグア(南米最高峰 6959m)、エルブルース(ヨーロッパ最高峰 5642m)、キリマンジャロ(アフリカ最高峰 5895m)登頂

2006年:カルステンツ・ピラミッド(オセアニア最高峰 4884m)登頂

2007年:チョ・オユー(世界第6位高峰 8201m)登頂。7,700m地点からスキー滑降、ビンソンマシフ(南極大陸最高峰 4892m)登頂

2008年:マナスル(世界第7位高峰 8163m)に「無酸素」「単独」登頂も認定はされていない

2009年:ダウラギリ(世界第8位高峰 8167m)登頂

2014年:ブロード・ピーク(世界第12位高峰 8047m)登頂

2009年ごろまでは順調に世界の山を登頂されていた栗城史多さんですが、その後は挑戦するも敗退が目立つようになっていきました。

かなり危険な挑戦や問題と思われる行動をすることも一部では言われていました。

(単独登頂と言いながら不自然なサポートが見受けられるなど)

もしかしたら敗退が多くなったこともあり、栗城さんの中でも焦りなどがあったのかもしれません。

そんな中、指を失うきっかけとなった凍傷を負ってしまったのが2012年でした。

栗城史多さんが指9本を失った原因とは?

栗城史多さんは登頂の様子を配信するために山でもスマホを使っていたそうです。

そして指を失うきっかけになってしまった凍傷を受けた時もスマホの配信をされていました。

そして皮肉なことにスマホを使うために「指の無い手袋」を使用していたために重い凍傷を受けてしまったのです。

私も高校時代に登山部だったのですが、これは個人的には無謀すぎると思ってしまいますね。

日本の冬山で-10~15℃を経験しましたが、とてもじゃないけど皮膚を晒した状態ではいられませんでした。

エベレストで血行の悪い指をむき出しにして、金属のかたまりのスマホを触っていると言うのはかなり危険なことだったと思います。

確かに臨場感など他の登山家ができないことだったかもしれませんが、もっと安全に配慮する行動もできたのではないかと悔やまれますね。

日本でも登山をされる方は安全を第一に考えて欲しいと思います。

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栗城史多さんの指再生への道のり

2012年のエベレスト挑戦の際に鼻や指などに重度の凍傷を負った栗城史多さん。

2013~2014年に切断の決意をするまでにさまざまな治療や民間療法を試していました。

2012年治療のためインドへ。

その後も良いと言われる治療や民間療法をさまざま試したようです。

  • 高濃度炭酸や薬草・ハーブでの血流改善治療
  • 幹細胞を利用した再生医療
  • サプリメント

しかしどれも効果が出なかったようで、2013年には左手、2014年には右手の指も切断するに至りました。

感想とまとめ

登山家の方のチャレンジ精神には学ぶところも多く、登頂成功などのニュースには素直にすごいなと感じます。

しかし栗城史多さんの場合は無謀とも言えるチャレンジも多く、心配されていた矢先だったので残念です。

自己責任と片付けたくはないですが、安全最優先でチャレンジして欲しかった。

今回のエベレスト挑戦もAbemaTVで生中継が予定されていたそうですが、テレビで取り上げるのも良し悪しだと思ってしまいました。

スマホが便利になって「簡単にすごい景色が見られる」くらいに思っているなら止めてほしい。

イモトアヤコさんとかも番組で高い山に挑戦されてますが、本当に安全最優先にしてほしいですね。

日本で登山する方にも改めて山は危険なこと、安全最優先なことを教えてくれたかなと思いました。

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